2014年01月17日掲載 【イモムシ体表にスポット紋様が生じるメカニズムの解明】

動物の体表には目玉のような模様がよく見られます。このような紋様の多くは捕食者に対するシグナルといわれていますが、その形成メカニズムの詳細は知られていませんでした。今回私たちは、カイコの突然変異体やキアゲハなどの幼虫を用いて、幼虫体表のスポット紋様が生じるメカニズムを解明しました1,2)

イモムシ体表に見られるスポット紋様

図1

図1: A) クワコ幼虫の目玉模様、B) キアゲハ幼虫、C) 野生型カイコの幼虫、D) 褐円変異体カイコの幼虫
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蝶や蛾の幼虫の背側の体節には、スポット状の紋様がみられることがよくあります。目玉のように見える1対の紋様(図1A: カイコの祖先種とされるクワコ幼虫の紋様)や、目立つ斑点が並んだ紋様(図1B: キアゲハの幼虫)など、これらは警告的なシグナルとして鳥や小型の動物の捕食から免れる働きをしているといわれています。このようなスポット紋様は、幼虫の体表の表面に分泌されるクチクラ層に描かれていますが、どのように生じるのかはこれまで不明でした。蝶や蛾の成虫の翅にも目玉紋様が見られることがありますが、幼虫は脱皮時にクチクラを脱ぎ捨てるため、紋様をその度に何度も描きなおす必要がある点が翅とは異なります。どのようにして幼虫の紋様は何度も描き直せるのか、そのメカニズムも全く知られていませんでした。今回、私たちは、これまで未知だったイモムシの体表に見られるスポット紋様が生じるメカニズムを解明しました。

カイコの褐円変異体の原因遺伝子はWnt1である

図2

図2: カイコ褐円変異体(L)はWnt1の変異によって生じた。褐円の表皮では、Wnt1の発現が脱皮ホルモン(エクジソン)によって繰り返し誘導される。
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カイコには褐円(L)という、1対のスポット紋様がほぼすべての体節に生じるようになった突然変異体(図1C: 通常のカイコ、図1D: 褐円系統)が古くから知られています。この原因遺伝子を連鎖解析(注1)により同定した結果、Wnt1(注2)という遺伝子の発現を制御する領域に変化が生じ、連続したスポット紋様が生じることが明らかになりました(図2)。興味深いことにLのスポット紋様領域では、通常は発現しないWnt1が、幼虫が脱皮する度に繰り返し発現することがわかりました。昆虫の脱皮は脱皮ホルモン(エクジソン)によって引き起こされますが、Lのスポット紋様領域で脱皮ごとに繰り返されるWnt1の発現は、エクジソンの影響を受けるように制御領域が変化したことに起因することが確かめられました。さらに、私たちのグループが最近開発した遺伝子導入技術3)を用いて、Wnt1をカイコの真皮細胞(注3)に導入して発現させたところ、そこに新たなスポット紋様が生じました。逆にLのスポット紋様領域でWnt1の発現を抑制すると紋様が消失しました。以上の結果は、Wnt1がスポット紋様の形成を上位で指令していることを示します。

スポット紋様の形成メカニズムは進化的に保存されている

さらに興味深いのは、カイコの祖先種とされるクワコや、カイコとは進化的に縁遠いキアゲハの幼虫のスポット紋様領域でも、Wnt1がスポット紋様領域で特異的に発現していることがわかりました。電子顕微鏡を用いると、これらの幼虫のスポット紋様の中心部には特徴的な突出した微細構造(これをバルジ構造と命名しました)が観察されました。バルジ構造が発生初期に幼虫の体表にまず形成され、脱皮のたびにエクジソンの刺激によってその場所からWnt1タンパク質が周りに広がるように分泌され、Wnt1シグナルの下流にある色素形成遺伝子(注4)の発現が誘導されて、スポット紋様が形成されるメカニズムが想定されました。以上の研究結果は、広範な鱗翅目(蝶や蛾)幼虫のスポット紋様がWnt1シグナル経路によって制御され、その制御システムが進化上保存されてきたことを示唆します。

おわりに

今回の研究成果は、ホルモンがWnt1のような重要な遺伝子の発現制御を、他の発生過程に大きな影響を与えることなく変更させて、適応形質を生み出しうることを明瞭に示した点で先駆的でかつ重要な意味を持ちます。また、イモムシの体表紋様は、スポット紋様だけでなくその他の複雑な紋様が進化上どのように獲得され、また適応戦略に組み込まれてきたか、その進化プロセスを分子レベルで探る上で、今後も格好の研究素材となりうると期待されます。

用語解説

  • 注1 連鎖解析: 遺伝的なマーカーを用いて、形質の原因となる領域を限定する遺伝学的手法。今回はSNP(1塩基多型)を用いて、褐円(L)の原因領域を限定することに成功した。
  • 注2 Wnt1: 昆虫からヒトにいたる広範な生物で、胚発生から後期発生に至る多様な発生局面で働く重要な遺伝子。哺乳類などでは発ガンに関わる遺伝子としても知られる。細胞外に分泌されるモルフォゲンタンパク質をコードする。
  • 注3 真皮細胞: 昆虫体表のクチクラの下に広がる一層の細胞群。体表を彩る色素などをクチクラタンパク質とともに分泌する。
  • 注4 色素合成遺伝子: 黒、赤といったメラニン、黄色などのカロチノイドなど、色の合成に関わる酵素や色素に結合するタンパク質などの遺伝子群。

引用文献

著者: 藤原晴彦 (東京大学・大学院新領域創成科学研究科・先端生命科学専攻)

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