2012年12月20日掲載 【社会性昆虫の繁殖分業を維持する脳内物質】

ミツバチなどの社会性昆虫の巣には、同じメス個体であるにもかかわらず、繁殖に特化した個体と不妊のヘルパー個体が存在します。このような繁殖の分業は繁殖個体からのフェロモンや行動を介して、体液中のホルモンや脳内物質の作用によって維持されることが知られています。今回はこのような繁殖制御に関わる脳内物質について紹介します。

社会性ハチ類のカースト分化

図1

図1: セイヨウミツバチのカースト分化とワーカーの産卵個体化
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高度に進化した社会性のハチ・アリ類では、メスが繁殖に専念する女王と育児や採餌、巣の防衛などを行うワーカーに分化します(図1)。このような繁殖に関わる個体の分化はカースト分化とよばれ、効率的な巣の成長や繁殖を可能にします。繁殖分業は単に生殖器官の発達の違いだけでなく、特殊化した行動やフェロモン分泌など様々な違いによって成し遂げられます。このような繁殖分業に関わる器官の運動や行動は、カースト特異的な脳の活動の結果であると考えられます。

脳のカースト差は形態的にも生理的にも知られています。私たちのグループは脳内物質のカースト差に注目して、その物質の役割やカースト差が生じる過程について調査しています。いくつかの脳内物質の中で、女王の脳に高濃度で存在する物質がドーパミンです。ドーパミンは生体アミン類の一つで、ヒトなどの脊椎動物の脳でも存在し、運動機能の促進や学習時の報酬物質としてはたらくことが知られています。ミツバチでは、ドーパミンは行動活性の上昇や忌避学習の成立に関わることが報告されています。

ドーパミンの作用と繁殖分業

図2

図2: ミツバチにおけるドーパミン関連物質の脳内量のカースト差。Sasaki et al. (2012)を改変
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図3

図3: 異なる状態の女王とワーカーにおける脳内ドーパミン量。Sasaki and Nagao (2001)とHarano et al. (2005)を基に作成
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社会性ハチ類における繁殖分業とドーパミンとの関係について調査していくと、その重要性が次々と明らかになってきました。セイヨウミツバチの女王とワーカーの脳内ドーパミン量、あるいはドーパミン前駆物質・代謝物質量を比較すると、どの物質においても女王の脳内で多く存在することが分かりました(図2)。また、ワーカーは無女王条件下では卵巣を発達させて産卵個体になりますが、その産卵ワーカーの脳内ドーパミン量が同日齢の不妊のワーカーと比べて多いことも分かりました(図1/図3)。さらに、無女王条件下のワーカーにドーパミンを経口摂取させると、卵巣の発達が促進されることも確認されています。このような結果から、脳内ドーパミンはミツバチの卵巣を発達させ、繁殖を促進すると考えられます。脳内で合成されたドーパミンが直接卵巣に作用するのか、あるいは脳内の他の物質を介して卵巣発達を促進させるのかについては、まだ不明なところがありますが、卵巣において特定のドーパミン受容体が発現している結果も報告されています。このようなドーパミンによる繁殖の促進はフタモンアシナガバチやヒアリでも確認されています。

図4

図4: 女王へのドーパミン受容体薬物注入による行動活性への影響。Harano et al. (2008)を改変
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セイヨウミツバチの女王における脳内ドーパミン量の変化を詳しく調べると、未交尾時に多く、交尾後に減少することが分かりました(図3)。女王の卵生産は交尾後に活発に起こるので、この結果はドーパミンによる卵巣発達促進作用と矛盾するように見えます。しかし、交尾後の減少したドーパミン量でさえも、ワーカーのものよりは多いことから、卵巣発達とは別の作用が関係している可能性があります。そこで、ドーパミンの受容体に作用する薬物を用いて、未交尾女王に注射する実験を行うと、受容体を阻害するアンタゴニストは女王の行動活性を抑制し、受容体を作動させるアゴニストは行動活性を高めることが分かりました(図4)。つまり、ドーパミンは未交尾女王の行動活性を高めるはたらきがあり、これは交尾飛行の動機付けに関わると考えられます。

ドーパミンによる行動活性の上昇は未交尾女王に特異的に見られる作用ではないようです。この作用はワーカーやオスでも確認されており、ワーカーでは8の字ダンスの活動を高め、オスでは交尾飛行時に行動活性を高めます。ミツバチの社会ではドーパミンの潜在的な作用を女王・ワーカー・オスともに備えており、各カーストや性に特異的な行動で用いている可能性があります。

ドーパミンの制御機構

図5

図5: ミツバチにおける脳内ドーパミン量の制御。佐々木 (2010)を改変
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社会性ハチ類ではドーパミンが繁殖を促進するので、ドーパミン制御機構の解明は社会性ハチ類の繁殖制御メカニズムや繁殖分業の進化の解明に繋がるかもしれません。ミツバチではオスとメスで脳内ドーパミンの調節機構が異なります(図5)。オスでは脳内ドーパミン量と血中幼若ホルモン濃度の変化が一致しており、幼若ホルモン類似物質(メソプレン)により脳内ドーパミン量の増加が起こります。一方、メスでは脳内ドーパミン量の多い女王や産卵ワーカーの幼若ホルモン濃度が低く、幼若ホルモンはドーパミン量を制御していません。メスでは女王物質やチラミン、ローヤルゼリー中のチロシンが脳内ドーパミン量を調節する因子として考えられます。原始的な社会性ハチ類であるマルハナバチやアシナガバチでは、脳内ドーパミン量と幼若ホルモン濃度の変化は一致しており、ミツバチのオスと同様のドーパミン制御機構を備えている可能性があります。このように、原始的な社会性ハチ類が備える幼若ホルモン-ドーパミン繁殖制御機構が、ミツバチのオスでは維持され、メスでは幼若ホルモンが別の機能(例えばオクトパミンと作用して採餌個体化を促進する)に使われ、ドーパミン単独で繁殖制御を行うように進化した可能性が考えられます。

参考文献

著者: 佐々木 謙 (金沢工業大学応用バイオ学科|現玉川大学農学部)

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