2012年06月26日掲載 【研究室紹介: 東京大学大学院農学生命科学研究科・昆虫遺伝研究室】

はじめまして。東京大学大学院農学生命科学研究科・昆虫遺伝研究室です。「むしコラ」研究室紹介の栄えある第一号を担当させていただくことになりました。本日は、私たちの研究室で行われているさまざまな研究内容について、ご紹介します。

研究室のメンバー(2012年度)
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私たちの研究室では、カイコを主要な研究材料として研究を行っています。カイコはシルクの生産のために古くから日本で飼育されてきたため、変異系統などの豊富な遺伝資源が揃っており、遺伝学的・生理学的な研究結果も多く蓄積されています。また、カイコはチョウ目昆虫で初めて全ゲノム配列が決定された生物であるため、先に述べた利点と組み合わせることにより、チョウ目昆虫におけるモデル生物としての役割が期待できます。私たちは、カイコを用いて昆虫特異的な遺伝子の機能を明らかにすることで、有用物質の生産や、重要な農業害虫であるチョウ目昆虫の防除に役立つ知見が得られると考えています。これまでに、カイコの性フェロモン嗜好性や繭(まゆ)の色、幼虫の体色など、さまざまな形質に関わる遺伝子の機能を同定してきました(Fujii et al., 2011など)。また、カイコの持つ遺伝子のなかにはヒトの遺伝子と類似した機能を持つものも存在するため、カイコをヒトの遺伝子疾患の病態モデルとして利用できる可能性も出てきています(Meng et al., 2009)。

カイコを主な研究対象としています
(撮影: M. Kawamoto)
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カイコは学術的研究においても、魅力的な生物です。カイコはクワの葉のみを食草とする、クワ単食性の昆虫です。しかし、クワの葉には糖類似アルカロイドという毒素が含まれているため、クワの葉を食べた昆虫は通常、消化不良を起こして死んでしまいます。それでは、カイコはなぜクワを食草とすることができるのでしょうか。最近の研究により、カイコは糖類似アルカロイドに阻害されない消化酵素によって、クワ毒素への抵抗性を獲得していることが明らかになりました(Daimon et al., 2008)。現在、カイコガ科の近縁種との比較解析を行なうことにより、カイコがクワへと食草転換を成し遂げた分子機構の解明を目指しています。また、カイコ卵巣由来の培養細胞であるBmN4細胞は、Piwi-interacting RNA (piRNA)研究において非常に有用なツールとなっています。piRNAは、siRNAやmiRNAに続く第3の小分子非コードRNAで、生殖巣特異的に発現して発生やトランスポゾン抑制に関わるとされています。私たちのグループはBmN4細胞がpiRNA生合成経路を保持する世界で初めての培養細胞であることを発見し、さらにBmN4細胞の細胞抽出液を用いて、試験管内でpiRNA生合成の1stステップを再現することに成功しました(Kawaoka et al., 2011)。現在、この細胞を用いて更なるpiRNA生合成マシーナリーの同定を進めています。

一方で、当研究室では昆虫病原性のウイルスの研究も行なっています。バキュロウイルスは100個以上の遺伝子を組み合わせることで宿主の生理状態や行動を制御し、効率的な感染拡大を成し遂げています。例えば、ウイルスの持つ一部の遺伝子は、進化の過程で宿主昆虫のゲノムから獲得した遺伝子「宿主ホモログ」であると考えられています。バキュロウイルスはこの「宿主ホモログ」を利用することで効率的な組織感染や死体の溶解などを行い、自身の感染を有利に進めています。また、バキュロウイルスは宿主ホモログの一つであるptp遺伝子を改変し、宿主の行動操作に利用していることも明らかになりました(Katsuma et al., 2012, PLoS Pathogens; 「最新のトピック」の記事も併せて御覧ください)。さらに最近の研究では、バキュロウイルスのゲノムDNAからは、長鎖非コードRNAが多数発現していることを報告しました。ウイルス由来の長鎖非コードRNAは実体がほぼ未解明の分野であるため、現在この非コードRNAの機能を調査中です。

当研究室では、研究員や大学院生を募集しています。「カイコが好きでたまらない!」という方や、「虫はあまり好きじゃないけど、分子生物学は好き!」という方も大歓迎です。興味のある方は、お気軽にご連絡下さい。

参考文献

  • Katsuma S., Koyano Y., Kang WK., Kokusho R., Kamita SG., Shimada T. (2012) The baculovirus uses a captured host phosphatase to induce enhanced locomotory activity in host caterpillars. PLoS Pathogens 8(4): e1002644.
  • Kawaoka S., Izumi N., Katsuma S., Tomari Y. (2011) 3' end formation of PIWI-interacting RNAs in vitro. Molecular Cell 43(6): 1015-1022.
  • Fujii T., Fujii T., Namiki S., Abe H., Sakurai T., Ohnuma A., Kanzaki R., Katsuma S., Ishikawa Y., Shimada T. (2011) Sex-linked transcription factor involved in a shift of sex pheromone preference in the silkmoth, Bombyx mori. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 108(44): 18038-18043.
  • Meng Y., Katsuma S., Daimon T., Banno Y., Uchino K., Sezutsu H., Tamura T., Mita K., Shimada T. (2009) The silkworm mutant lemon (lemon lethal) is a potential insect model for human Sepiapterin reductase deficiency. J. Biol. Chem. 284(17): 11698-11705.
  • Daimon T., Taguchi T., Meng Y., Katsuma S., Mita K., Shimada T. (2008) Beta-fructofuranosidase genes of the silkworm, Bombyx mori: Insight into enzymatic adaptation of B. mori to toxic alkaloids in mulberry latex. J. Biol. Chem. 283(22): 15271-15279.

著者: 國生龍平 (東京大学・大学院農学生命科学研究科)
URI: http://www.ab.a.u-tokyo.ac.jp/igb/

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