2009年06月05日掲載 【蛾の密やかなラブソング: 鱗粉による超音波の発生と交尾行動における機能】

秋の夜長に鳴く虫と同じように、蛾の仲間にも音により雌雄で交信をするものがいます。私たちは、ある種の蛾のオスがきわめて微弱な超音波を用いてラブソングを歌うことを発見しました。この歌は、オスが前翅と胸部にある特殊な鱗粉をこすり合わすことで生じ、メスが交尾を受け入れる際に重要な役割を果たしています。微弱な超音波の利用は、メスをめぐる競争相手のオスや天敵による盗聴を避けるのに有効と考えられ、今回初めて明らかになりました。今後は同様の現象が多くの昆虫や動物で見つかっていくものと期待されます。

多くの蛾は超音波(人間には聴こえない周波数20kHz以上の高い音)を聞くことのできる「耳」を持っていますが、これは天敵であるコウモリが餌探索に使う超音波を「逆探知」するために進化したと考えられています。昆虫を含む動物の中には、雌雄の間で音による交信(コミュニケーション)をするものが少なくありませんが、蛾の中には上記の能力を生かして、雌雄間での交信に超音波を利用している種もいます。ただし、音は求愛する相手だけでなく天敵や競争相手にも自身の存在を知らせる危険性を持つため、相手だけにそっと伝えるうまいやり方をとることが重要です。

トウモロコシの害虫であるアワノメイガという蛾では、メスの出す性フェロモンに誘われてやって来たオスがメスのすぐ近くで超音波を発します(動画1)。この際に発せられる超音波のきわだった特徴はその音の微弱さです。本研究では、この微弱な超音波がどのように発生し、また、どのような役割をもっているのかを調べてみることにしました。

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図1a: アワノメイガの発音行動と発音器官。オスは交尾の前に翅と胸部にある特殊な鱗粉を摩擦させて超音波を出します(動画1、動画2も参照)。
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図1b: 翅と胸部の鱗粉の電子顕微鏡写真。写真下の白棒は5μmを示しています。発音に特殊化した鱗粉はオスだけに見られ、その表面構造を拡大すると太い筋が見られます。
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まず、高感度超高速度カメラ(NHK放送技術研究所)を用いた発音行動の詳細な解析から、超音波の発信とオスの翅の動きが完全に同調していることが確認できました(動画2)。また、オスにだけ前翅と胸部の特定部位(翅を立てたときにちょうど擦れ合うところ)に特殊な形態の鱗粉が存在すること、さらにこれらを除去すると音が出なくなることが分かりました。つぎに、レーザードップラー振動計(電気通信大学)という装置による解析によって、翅の特殊鱗粉の下には特殊な膜があって、これが超音波を増幅する機能を持つことも明らかになりました。つまり、アワノメイガのオスは、特殊な鱗粉をこすり合わせて超音波を発生させ、さらにそれを鱗粉の下の膜で増幅しているのです(図1)。鱗粉を用いての超音波発信はこれまで全く知られていませんでした。

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図2: アワノメイガの超音波と可聴域。オスが発する超音波はパルス群から構成されます(図右下)。発せられる超音波の周波数ピークは約40kHzで、メスの聴覚神経が応答しやすい周波数と一致しています(図左)。右上の図は聴覚神経の応答を示しています。オスとメスの距離が3cm以上離れると、オスの超音波の音量はメスの可聴域に含まれなくなります。このことは、メスがオスの超音波を近距離でのみ聞き取れることを意味します。
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つぎに、私たちはオスの超音波の役割を調べました。はじめに腹部を走る聴覚神経の反応を調べたところ、メスがオスの超音波を聞き取れるのは約3cm以内の範囲に限られることが分かりました(図2)。つまり、オスがメスのすぐそばで発音しなければ相手には聞こえないということです。さらに、オスの超音波がメスにどのような影響を及ぼすのかを調べました(図3)。通常、メスに接近したオスが交尾を促すと、メスは高い率でこれを受け入れます。ところが、超音波を聞くことができないように処理をすると、交尾を迫るオスに対してメスはしばしば拒否反応を示しました。このとき、同時にオスの発する超音波を再現した合成音を聞かせてやると、メスは正常なオスに対するのと同じように交尾を受け入れました。これらの結果から、アワノメイガはきわめて微弱な超音波を介して雌雄間で至近距離での交信していることが分かったのです。

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図3: 超音波が交尾率に与える影響。オスが超音波を発して、それをメスが聞くことができる(白色のバー)場合、交尾率は高くなります。超音波を発するオスとそれを聞くことができないメス(赤色のバー)、そして超音波を発することができないオス(青色のバー)と超音波を聞くことができるメスの場合、両方とも交尾率は低くなります。しかし、超音波を発することができないオスと超音波を聞くことができるメスに、オスの発する超音波の合成音を聞かせると(黄色のバー)、低かった交尾率が高くなります。
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図4: 蛾の発する超音波の音量。超音波の音量は測定距離1cmで計算し、種名のそばの黒丸で分類群(科、上科、図下に記載)ごとに表記してあります(0dB SPL=20μPa)。アワノメイガの発する超音波(約46dB SPL)は蛾の中で最小であることが分かります。
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こうして私たちは、ごく普通の蛾が競争相手や天敵に気付かれないような微弱な超音波を使ってラブソングを歌うことを初めて明らかにしました(図4)。このような戦略は蛾類が競争相手や天敵を避けるために広く採用している可能性があります。本研究を発端として、今後数多くの昆虫や動物で、接近したペアの間だけにしか聞こえないような「秘密の交信」が明らかにされていくことでしょう。

参考文献

著者: 中野 亮 (東京大学大学院農学生命科学研究科)・高梨琢磨 (森林総合研究所)

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