2007年11月01日掲載 【チョウでみられる共生細菌が原因の性転換現象 〜昆虫の性決定メカニズムに迫れるか?〜】

キチョウ(Eurema hecabe)は、シロチョウ科に属しており、その名の通り翅が黄色い小型のチョウである。一見、同じシロチョウ科に属するモンキチョウと似ているが、筆者の多分に主観的な印象を述べさせていただくと、キチョウのほうが格段に上品で可憐である。水辺の近い少し開けた山地や住宅地などで、キチョウがひらひらと舞うように羽ばたいているのを、春から秋にかけて目にしたことがある人は多いと思う。実は、このキチョウは我々の目を和ませてくれるだけでなく、Wolbachiaという共生細菌に感染しており、昆虫の性決定や昆虫-微生物間相互作用という、興味深く、しかも重要な問題について取り組む材料を提供してくれているのだ。

図1: キチョウとボルバキア。
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普通、本州でキチョウを採集して卵を産ませて育てると、性比は完全な一対一になっている。ところが驚くべきことに、種子島や沖縄島で採集されたキチョウに子どもを産ませると、その子どもがすべてメスという状況がしばしば観察される。この現象は、共生細菌ボルバキア(Wolbachia)がキチョウの遺伝的オスをメスに性転換させていることによって起きているのだ。

いつ、どうやって共生細菌ボルバキアがオスのキチョウをメスに変えてしまうのだろうか?その手がかりを得ようと、ボルバキア感染によりメスだけが生まれてくるキチョウの系統において、幼虫を抗生物質テトラサイクリン入りの人工飼料で飼育することにより、体内の共生細菌を選択的に抑制、除去することを試みた。

その結果、これらの羽化したチョウの多くは、興味深いことにオスの形質とメスの形質をあわせもつ間性個体であった(図2;図3)。これは、ボルバキアの感染が抗生物質で抑制されることにより、オスからメスへの性転換の作用が不完全となり、間性個体が生じたのだと思われた。1齢幼虫期から抗生物質処理したときのみならず、4齢幼虫期から抗生物質処理したときにも、間性個体はあらわれた。したがって、遺伝的にオスのチョウを完全に機能的なメスに性転換するには、少なくとも1齢幼虫期から4齢幼虫期にわたってボルバキアが継続的に感染して、宿主に作用し続けることが必要なことが示された。

図2: (上左)正常なオスの精巣。赤い色素を有する。(上右)正常なメスの卵巣。卵巣小管中に発達過程の卵細胞が並ぶ。(下段)間性個体の生殖巣。卵巣と精巣が共存している。
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図3: (上右)正常なオスの交尾器、青矢印は交尾弁縁棘というオス特有の構造。(上右)正常なメスの交尾器。赤矢印は肛乳房突起というメス特有の構造。(下段)間性個体の交尾器。交尾弁縁棘と肛乳房突起が共存している。
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ほとんどの動物では、オスとメスは受精時の染色体構成により遺伝的に決定され、受精卵がオスになるかメスになるかの分化は発生のごく初期段階で起こる。したがって、生殖操作をおこなう共生細菌は、受精卵の初期発生の段階で性分化の機構になんらかの方法で働きかけ、遺伝的にオスである個体をメスに変えてしまうのだと考えられてきた。今回の発見は、共生細菌による昆虫の性転換機構に関する従来の説に再考をうながすのみならず、性ホルモンの存在が知られていない昆虫類でも後期発生の過程における性転換が可能なことを示唆する知見であり、昆虫の性制御や生殖工学の観点からも注目される。今後、共生細菌が昆虫のオスをメスに性転換する、具体的な分子機構の解明が期待される。

参考文献

  • Hiroki, M., Kato, Y., Kamito, T., Miura, K. (2002) Feminization of genetic males by a symbiotic bacterium in a butterfly, Eurema hecabe (Lepidoptera: Pieridae). Naturwissenschaften 89: 167-170.
  • Hiroki, M., Tagami, Y., Miura, K., Kato, Y. (2004) Multiple infection with Wolbachia inducing different reproductive manipulations in the butterfly Eurema hecabe. Proceedings of the Royal Society of London, Biological Sciences, Series B 271: 1751-1755.
  • Narita, S., Kageyama, D., Nomura, M., Fukatsu, T. (2007) Unexpected mechanism of symbiont-induced reversal of insect sex: feminizing Wolbachia continuously acts on the butterfly Eurema hecabe during larval development. Applied and Environmental Microbiology 73: 4332-4314.
  • Narita, S., Nomura, M., Kageyama, D. (2007) Naturally occurring single and double infection with Wolbachia strains in the butterfly Eurema hecabe: transmission efficiencies and population density dynamics of each Wolbachia strain. FEMS Microbiology Ecology 61: 235-245.

著者: 成田聡子 (千葉大学園芸学部)

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