2007年03月27日掲載 【人面蛾】

人の顔をした蛾がいるって本当ですか?

いるといえば、います。

『羊たちの沈黙』など、怖い映画にもときどき出てくる「メンガタスズメ」のことだと思います。背中に人の顔のような、ドクロのような、紋があるスズメガ(雀蛾)なので、面型雀(メンガタスズメ)と呼ばれています。広い意味では、メンガタスズメは属の呼び名で、1種ではなく、似たような種が何種かいます。日本には(狭い意味での)メンガタスズメとクロメンガタスズメという2種が分布しています。

種としての(狭い意味での)メンガタスズメは、学名がAcherontia styx medusa(ラテン語読みすると、アケロンティア・スティクス・メドゥーサ)というのですが、属名のアケロンティアはアケロン、つまりギリシャ神話の三途(さんず)の川、を接頭辞にもち、種小名のスティクスも三途の川のことです。亜種名のメデューサは髪の毛が蛇の妖怪ですから、命名者のMoore氏は本種をかなり気持ちの悪い蛾だと思っていたのでしょう。ちなみに、この成虫は触るとキイキイ鳴きますが、これもあまり心地よい鳴き声ではありません。

クロメンガタスズメのほうは、学名をAcherontia lachesis(アケロンティア・ラケシス)といいます。種小名のラケシスは「運命の三女神」のひとりですが、この蛾もあまりいい運命を授けてくれないような気がします。両種とも幼虫はゴマやナスの害虫で、クロメンガタスズメの成虫はミツバチの巣を襲ったりもします。

メンガタスズメ類が気味が悪いというのは、西洋ではかなり古くからの伝統的な感じかたで、ヨーロッパにいるAcherontia atropos(アケロンティア・アトロポス)という種は、英名をdeath's head hawk-mothといいます。あまり映画の種明かしをしてもいけませんが、『羊たちの沈黙』のポスターで女性の口にとまっている珍品の蛾がアジア産の「ドクロメンガタスズメ」という設定になってるのは、この英名を日本語に直訳したのでしょう。でも、犯人の手がかりを探す、蘊蓄(うんちく)をたれるべきこうした場所では誤訳に近いです。西洋産の種の種小名「アトロポス」も「運命の三女神」のひとりです(クロメンガタスズメは、同属ですから、西洋産の種にあやかって名前を付けられたのですね、こういう言葉遊びは学名では結構見られて、図鑑などをめくるときの楽しみのひとつです)。エドガー・アラン・ポーの短編小説『スフィンクス』でも、主人公がこの蛾の化け物を見ています。そう、アトロポスは北アメリカにも分布しているのです。

ヒトの顔をした昆虫で可愛いのは、テレビのコマーシャルにも使われたジンメンカメムシです。おしり側から黄色と黒の模様のこのカメムシを見ると、お相撲さんのように見えます。

クワガタムシにもメンガタクワガタ、あるいはジンメンクワガタというのがいるようですが(メリークワガタHomoderus mellyiのこと)、そう言われればちょっと意地悪そうな顔をしているかな、というぐらいで、ジンメンカメムシほど人間の顔に似ているようには思えません。

回答者: 榊原充隆 (東北農研)

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